介護士の指名料制度について

 去る5月23日、政府の規制改革推進会議は、「特定の介護職員による介護サービスを受けるための指名料」を徴収すべし、との答申をとりまとめました。
 介護士の「指名料」制度を設けることで、「介護職員の能力に応じた価格設定により、介護職員の処遇改善やモチベーションの向上、利用者の満足度向上が可能となる」としているのです。
 今でも介護士のサービスの能力や対人コミュニケーション能力等は人それぞれで、利用者から評価の高い介護士もいれば、そうではない介護士ももちろんいます。現状でも料金が発生しない形での指名制度を設けることは制度上可能ですが、実施している施設は余りありません。
 施設側にもメリットはなく、評価の高い介護士に指名が集中するのが目に見えているからです。介護士の絶対量が不足する中で、利用者の希望に応えられるだけの人材キャパシティは、どの施設にもありません。
 だが、指名料制度を設ける、すなわち事実上の介護サービス価格の自由化を行なえば、これまで介護とは無縁だった職種の人達がこの業界に参加してくることも考えられます。高報酬の介護士というのも誕生するかもしれません。
 そうなれば、介護事業に多くの人材が集まり、介護士不足の問題は解決する、というのが、前述の提言を出した規制改革推進会議の発想です。
 実はこの種の議論はこれまで延々と繰り返されてきた、古くて新しい問題でもあります。かつて介護保険制度創設論議の最中、1998年12月14日に開催された厚生省医療保険福祉審議会老人保健福祉部会・介護給付費部会でも、利用者が「特定の」訪問看護婦やホームヘルパーによるサービスを希望する場合、事業者は利用料に上乗せして「指名料」を徴収できるとする運営基準素案を、当時の厚生省は提出しています。
 また現状でも、介護報酬単価を上回る介護サービス価格の設定は、介護保険法等では特に明示的に禁止されてはいません。しかし、行政指導があり、事実上認められていません。逆を言えば、これを解禁するのも法律ではなく政省令、若しくは通知のレベルで可能だということです。
 一般市場においては、価格は需要や供給の関係によって変動し、消費者の選択や財、サービスが持つ代替性によって価格調整が行われます。急速に増加する需要に見合った供給体制を整備するためには、市場による需給調整メカニズムを導入すべきだというのが、介護サービス価格自由化論者の主張です。
 価格が自由化されれば、介護事業者の採算性が向上し、介護職員の賃金引き上げが可能になり、介護職員の能力向上や、サービス向上へのインセンティブが確保され、熟練した介護職員の賃金向上も期待できます。利用者にとっての利便性も向上するのかもしれません。
 しかし、逆に自由化により介護サービス価格が急上昇するおそれもあります。現在の日本のように、供給に比して需要が余りに大きい売り手市場の場合においては、その危険性は特に高いと言えます。
 何をもって指名料の高低を判断するのか、介護職員を区分する明確な基準もないままに、お金のことだけが先行してしまうと、サービスに対する対価であるべきはずの介護費用が、本当に利用者や家族、介護職員のために使われることになるのか、懸念が生じます。
 また、今回の提言には、「繁忙期・繁忙時間帯に介護サービスを受けるための時間指定料を聴取すること」との提案もあります。逆を言えば、時間指定料を払えない人は、もう必要な時間に介護サービスを受けることもできなくなるのです。
 このように、過度な市場原理の導入を行うと、高いサービスを追求できる権利が一部の人たちに限定され、基本的に同一の保険料を納付したにもかかわらず、給付において高低差が生じる不公平が生じることがあります。言うまでもなく、介護保険料は基本的に収入の多寡に関わらず一定です。
 単純に一部の職員に上乗せ給、というのではなく、介護職員の能力水準を評価・認定する、資格を持つ介護職員に対して介護報酬上の加算を設けるなど、明確な形で皆が納得できるような、平等なサービスこそ、利用者の最大の利益になるはずです。
 どこまで自由化すべきかというのは、公共政策にとっての入り口でも出口でもありますが、介護の原点は、やはり福祉です。我々政治家は常に、自由化と公共規制とのバランスを考え、最善の決定を下す責務があります。介護士の指名料制度が本当に介護保険制度の理念に沿うものであるのか、今後党内や国会の議論等でしっかりと追求して参りたいと思います。

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